特許制度は常に変動しています、特許法も時々改正されるという意味です。
同じ知的財産法に分類される著作権法は、毎年変わると言われるほど頻繁な改正があります。
どちらの法も、目的が文化や産業の発展にあるかぎり、常に変化する対象に対応しなければならないわけですから当然といえば当然です。
著作権法にある頒布権(はんぷけん)などは、映画フィルムを対象にしていたと言われます。
ところが今やフィルムそのものが消えています。
少し前まで使っていたビデオテープでさえ消えつつあります。
新しい技術を想像しながら法改正できれば良いのですが、そうはいきませんね。
それどころか、特許法においては改正で増えるわけではなく、一度廃止した制度を復活したりします。 特許の異議申し立て制度などです。
そうすると、実験的な法改正であったと言えます。
ですから結果によっては、再度変更する余地を残しています。
すべての法が、そういう側面を持っています。 未来永劫(えいごう)に変わらないわけではありません。 ただ、憲法は各法の根幹にありますので、変更はなかなかできませんね。
さて、特許法の職務発明規定が変更されるということで話題になりました。
咋年のノーベル賞受賞の中村さんも、コメントしています。
改正には懸念を示しました。
「反対というより、猛反対。サラリーマンがかわいそう。」
朝日新聞2014年10月18日より
実は私も懸念を持っています。
知的財産立国にマイナスになるのではないかという懸念です。
会社にかかる制度だから、会社に有利に働くことは国家にも有利になるという考えはあると思います。
今回言われている改正、職務発明を最初から会社のものにする。 ということであれば、会社に有利です。
しかし、じつは有利にならないと自分は考えるわけです。
それどころか、ますます発明(特許出願)が減ってしまうだろうと思います。
わかりやすくするために極端な例を考えると、ある国の牛の話を思い出します。
立派な牛を丹誠込めて育てていた酪農家。 近所と競い合っては自分の成育技術を磨いていました。 そしてさらに乳の収量が増し、おいしいと喜ばれ、地域にも貢献しているという自負がありました。 喜びです。 あるときに、牛は国の物であるということになりました。
国は、牛の良い育て方を一律に管理して広めることが容易です。
全体として収量が増すに違いないと考えます。
ところが、酪農家は、牛を飼う気力を無くしました。
丹誠込めても、国に取り上げられてしまう。 何の評価もされずに。そこに工夫の余地は無い。
結果として、たくさんの牛が殺され、以後酪農産業が廃れてしまったといった話です。
真実は違うのかもしれません。 しかし、そういう思いが脳裏にあります。
それが、職務発明での懸念につながるわけです。
結局のところ、発明をするのは個人です。
個人、一人の人間がやろうという気にならなければ、何も生まれません。
そして、改正によって、やる気を無くすのではないかということです。
ただ多くの人が誤解をしているのではないかと思います。
会社員が発明したら、それはすべて会社のものになる。 と。
そんなことはありません。
しかし。そう感じているのではないでしょうか。
マスコミの見出しなどで、誤解するからです。
例:google検索「特許法会社のもの」で検索した結果
職務発明が会社のものに。ということを理解するには、法律の条文を知る必要があります。
特許法(職務発明) 第三十五条
使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
特許法の職務発明の項を理解すれば良いのですが。
職務発明を、この条文から読むと、
(1)使用者等の業務範囲に属する発明
(2)現在または過去の職務に属する発明
という2点が揃っていて初めて職務発明と言えます。
職務発明の範囲は、実は発明のなかの極わずかということが言いたいわけです
。
洗剤の製造会社に勤めている人が、食器洗剤開発室に配属され、そこで新しい手荒れの少ない洗剤を発明した。 →これは職務発明ですね。
では、その人が、洗剤を出しやすい容器を思いついた。 →職務発明ではない可能性大です。
その場合は、業務発明と言われています。
名前が似ていますが、改正で会社のものになると騒がれるところの、職務発明ではありません。
もう一例で、この人がこの洗剤を、家に持ち帰り熱帯魚を入れた水槽に誤ってこぼしてしまい、その結果水槽が汚れないことを発見した。
この場合も職務発明でしょうか。 業務発明でしょうか。
おそらく自由発明ですね。
このように、職務発明の範囲は実ははっきりしない面もあります。
図で分類 発明は、自由発明、業務発明、職務発明に分類
会社のものになる職務発明の範囲はわずか。
それで、何が懸念につながるのかと言えば、法改正でつくられる社内規定です。
社員発明規定です。
そのような規定を作っていない会社も多いと思います。
おそらく改正にともなって規定が作られます。
そこに、どうしても入ってしまいやすい規定文
「社員が発明した技術は、会社のものとする。 ただし・・・」
「社員が発明したときは、上司に報告し・・・」
「職務発明かどうかは、社内の・・委員会において・・」
これらの規定が作られ、あるいは変更されるとともに、発明意欲が低下します。
自由な発明でも、いちいち上司に報告なんてできません。
たとえば電気メーカーに勤める人が、会社に全然関係ない鉛筆の発明を思いついても、社内規定があるから報告しなくては、と思えばそれだけで面倒な気になって発想が萎えてしまいます。
発想工夫には、才能・適性のほかに、ある種の種火とか口火のような特別・特殊な意欲が必要だと考えています。
発明意欲の低下は、種火、口火(工夫意識)の消火につながります。 復活には最初から火を起こすような大きな意識改革が要求されるでしょう。
ですから社員発明規約、規定は法律に従うという程度で良く、保身に走るばかりに細かく規定してほしくないと危惧します。
逆に、規定を作る際には、社員の発想意欲を高めるような内容にしてほしいと思います。
参考:特許法逐条解説
職務発明制度の見直しの方向性(案) -特許庁